
第1回 パティスリー・ドゥ・ボン・クーフゥのシェフ・パティシエ岩柳麻子さん。 ( 2010年07月05日掲載 )
●パティスリー・ドゥ・ボン・クーフゥのシェフ・パティシエ岩柳麻子さん
2000年ドレスデザイン研究科テキスタイル専攻卒業後、パティシエとして数々のレストラン・カフェ・パティスリーを経て、
2005年パティスリードゥ・ボン・クーフゥを出店。

桑沢ドレスデザイン研究科テキスタイル専攻 2000年卒業生で、現在は都内外に複数店舗を構える洋菓子店、パティスリー・ドゥ・ボン・クーフゥ シェフ・パティシエの岩柳麻子さんにお話を伺いました。




中原 | 桑沢ドレスデザイン研究科テキスタイル専攻 2000年卒業生で、現在は都内外に複数店舗を構える洋菓子店、パティスリー・ドゥ・ボン・クーフゥ シェフ・パティシエの岩柳麻子さんにお話を伺いました。 |
では桑沢時代のお話から伺いたいと思います。岩柳さんはドレスデザイン科を卒業後、ドレスデザイン研究科テキスタイル専攻に進まれていますね。学生時代はどのような生徒でしたか? | |
岩柳さん | 無難に毎日日々の課題をこなしていた真面目な生徒だったと思います。卒業の時には皆勤賞で誉められました。成績も良く、課題は期日までにきっちり出していましたよ。1・2年卒業時に成績優秀として賞か何かもらった覚えがあります。記憶が曖昧ですけどね。。 |
中原 | 凄いですね!優等生ってやつですね。劣等第一号がインタビューするのが申し訳なくなってきました。W |
学生生活の中で、特に思い出に残っている課題はありますか? | |
岩柳さん | 沢山ありすぎて難しいですね。 特別を上げれば、矢島功先生の課題とテキスタイル専攻科で出た機織の課題ですね。 |
矢島先生の課題は、雑誌からポージングを選んで墨と筆や割り箸で画面いっぱいに人物のポーズ(スタイル)を描く課題でした。100枚くらい書いて製本しました。 | |
テキスタイル科の機織はストールを作る課題だったと思います。 | |
中原 | 確かに、課題は多かったですね。また、その沢山の課題の中でこの2つが印象に残っているのはどうしてですか? |
岩柳さん | 矢島先生のスタイル画の課題は、良い悪いの答えなど無くて、線の太さや細さ、筆の線のリズムだけで人を表現すると言うのが面白かったんです。一色の線の動きを感じるのが楽しかったんですね。1枚目から100枚目まで進むにつれて、リズムが身についてくる感覚でした。 |
中原 | 100枚も有ったんでしたっけ!(注:インタビューアは岩柳さんの同級生です。)製本したその課題はまだ手元に残っていますか? |
岩柳さん | 実家にとってありますよ。 |
中原 | 大作ですものね! |
岩柳さん | 機織で作ったストールは、機織をすることが面白く感じたのが理由ですね。 |
中原 | 逆をお伺いしますが、もう見たくない!っていう苦手な課題は有りましたか? |
岩柳さん | 特にないですけど、私自身ミリミリした小さな作業が苦手なようなんです。なので、洋服の製図だとかはかなり手を焼きましたね。袖山の曲線を引くときなんて1~2mmのふくらみを作るのに苦戦しました。今思うだけで渋い顔になってしまいますね。(笑) |
また、柔らかい布の上に硬い紙の型紙を当てて裁断するときも参りました。布は柔らかくて動きまわるし、型紙は硬いわで。 | |
製図用ロール紙の保管も苦手でしたけど、これは課題じゃないですね。 | |
中原 | 優等生でもやはり苦労はあったのですね。 |
では、桑沢で思い出に残っている先生は? | |
岩柳さん | 森先生と染色の先生で非常勤講師の先生ですね。 |
森先生は静かに何かと向き合うと言うことが出来、自分の強い意志があるんだという印象があったから。あこがれていましたね。 | |
染色の先生はペースメーカーを付けて講義に来てくださっていて、自分で作家活動を続けつつ、若い子を教えようと言う活動をしていることを尊敬していました。 | |
今どうされているんだろう。。 | |
中原 | ドレスデザインからテキスタイル専攻へ転向したきっかけは何だったのですか? |
岩柳さん | その頃、日本・アジアの文様、藍染等、平面だけれど3次元のような色合いの変化に興味があったんです。 |
それぞれの文様に隠れた意味や歴史・ストーリーの深みにはまっていたという感じです。一色でも、強弱があったり、平面だけど立体的奥行きが感じられたり。そんなことを色々見たり知ったりしたかったんですね。 | |
中原 | 思い出に残る矢島先生の課題に何か共通する興味の元が感じられますね。線や色の強弱とか濃淡とか。 |
岩柳さん | そういわれれば、共通してますね。発見です。 |
学生の頃は、ラスコーの絵が好きでした。 ラスコーの画面の中に光を入れて深さを見せるという美しさに感銘を受けました。これは、後々勉強して感じたんですけどね。当時はそういう印象を持ったものに惹かれていたんですね。 |
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中原 | テキスタイルと言えば、工房で制作活動を行っていたように記憶していますが、人数もそれほど多く無かったですよね? |
岩柳さん | そうですね、当時は工房に住み着いていたようなものでしたね。せっせと絞り染めを作ったり、染料を煮たりしてましたね。 |
中原 | 桑沢時代に得たものが今のパティシエの仕事や店舗経営につながっている!っていう物や人、課題などは有りますか?また、食の路へ転向されたきっかけはなんだったんでしょうか? |
岩柳さん | 桑沢ではないけれど、アルバイトをしていたのが一番のきっかけではないかと思います。 最初は課題の制作費がかさむのでアルバイトを始めたに過ぎなかったんです |
中原 | 何処でアルバイトをしていたのですか? |
岩柳さん | 家の近隣のお惣菜屋さんです。アイリッシュバーなんかでもしていましたね。 |
中原 | そのアルバイト先が、今のパティシエになるきっかけだったのですか? |
岩柳さん | テキスタイル専攻に進んでから、社会から離れたような地道な制作活動を行っているじゃないですか。一点一点手作業で長時間かけて作るんですよ。 |
そこに、アルバイト先でお客さんがひっきりなしに往来して、商売が成り立ってる様を目の当たりにしたんです。そこで気が付いたのがテキスタイルで食べて行くには自分を宣伝しブランディングをして、お客さんが集まる場所を作り上げなきゃならないなと。 | |
その頃、自分のやっている染色とか、商売とかとは全く別のところに感じてこれで食べていけるかと自分に問いかけた瞬間でしたね。 | |
アルバイト先の店頭で作れば作るだけ売れて行く様を見てると、布だけじゃ食べていけないな、見てもらう為の場所がないとだめだなーと感じたんです。 | |
自分の作品を紹介する場に、お茶やケーキがあって、場所とトータルで発信したいと思ったから。それでまずは手始めに食の部分の勉強から始めたんです。 | |
中原 | 染色の作品を紹介する為の場所や、同時にあればいいなという食べ物というふうに広がって行ったというわけですね? |
岩柳さん | そうですね。染色も同じだったんだろうけど、食も足を突っ込んてみたら、えらく大変だった! 最初はカフェでも良かったんだけど。ちゃんとしたケーキが食べれるところが少ないから、そんな場所を提供できればいいと思っています。 |
中原 | 作品を見せたり、見せるシチュエーションにあった場所や物・食べ物をトータルで作り上げたいと思われたのですね。現在はその食が花開いたわけですね。 |
岩柳さん | そうですね。 |
中原 | 食を極めると決められた時、これまでデザイン学校で勉強した分野でデザイナーにならないと言うことに抵抗はありませんでしたか? |
岩柳さん | 特に考えたことはありませんね。 デザインと言えど、人に対してあるものを提案することに関しては同じだと思っているので。 |
中原 | 確かに、物やお客さんが変わるだけでデザインすることには変わりありませんね。 |
岩柳さん | ファッションや染色の場合、商品を売りたいターゲットがあるじゃないですか。老若男女と言うわけに行かない。 |
でも、食なら臨機応変に対応できると感じたことも、食の路に進んだ理由ですね。 | |
中原 | 現在、お店では、斬新なデザインや素材を使ったケーキを提供されていますね。また、コレクション発表のイベントなど珍しいイベントが多いように思います。これらもそんな背景から生まれてきたのですね。 |
岩柳さん | そうですね。 学生時代に思っていたデザインと根本的に違う点は、自分を表現したり技術を提供したりするのではなくお客様の為に何が出来るかを一番に考える点です。 |
お客様が一番にお客様が何を求めているのか、考えても考えたらない。 | |
中原 | 今の仕事のこだわりといえる部分でしょうか? |
岩柳さん | そうですね。お客様が何を求めているのかを限界まで引き出してやろうとこだわっています。些細な一言や、表情を見逃さずにマジシャンのように次に形にして行く。お客さんありき、お客さんが居て私があるというのがこだわりです。 |
学生のときはいいもの提案すればお客さんは喜ぶと思っていたんですね。そんな形もあるのかもしれないけれど、私はお客さんの声を聞く手にまわったということですね。 | |
中原 | なるほど。お店に伺って驚きが多いと感じるのはそのせいですね。 |
そんなこだわりを持って目標に邁進されている岩柳さんは、現在の達成度をどのように評価されますか? 点数をつけられますか? | |
岩柳さん | やりたい事や目標は成長するので、現在は経過中ということで点数はつけられないですね。 |
中原 | 常に勉強と言うことですね。 |
岩柳さん | そうですね。止まれないし、止まらないです。 |
中原 | 明日、また目標や夢が成長しちゃうかもですもんね。 |
岩柳さん | そうそう! |
中原 | 今のお仕事についてお伺いしますが、一日どのような流れでお仕事をこなされていますか? |
岩柳さん | 店頭からやケーキ製造、主に毎シーズン新作を作るレシピ作りをします。 |
店舗経営もありますから、店舗や製造スタッフのスケジュール、またケーキ教室の講師等で流動的に動いています。 | |
中原 | 動き回ると言った感じでしょうか。大変なお仕事ですね。 |
ちなみに、レシピ作りが一番重要なお仕事かと存じますが、どの位の期間でつくるのですか? | |
岩柳さん | 春夏・秋冬・季節イベントそれぞれに大体15種類ぐらいを一ヶ月ぐらいで考え、商品化を進めていきます。 |
それぞれ商品化したものの仕込みは消費期限があるものですので焼き菓子と生菓子で違いますが2~4週間です。そして店頭に並ぶと言うサイクルを作りました。 | |
中原 | すると、ケーキのレシピ作りから生産・販売までの計画を練るのも、岩柳さんのお仕事ですか? |
岩柳さん | そうです。ファッションのコレクションや生産サイクルと似た感じなんです。ファッションも発表するコレクションの半年から一年前にさかのぼって企画し、製品化するでしょう!自分としては、実際やってみて作ったサイクルですけど、気づいたときは自然と頭の中にあったサイクルだったんですよね。 |
中原 | なるほど!確かにそうですね!お聞きしたい事は沢山ありますが、この辺で最後のの質問へ。 |
では、そんな岩柳さんの今後の展望をお聞かせ下さい。 | |
岩柳さん | 3年後の展望は、最近立ち上げた焼き菓子のカジュアル・ペストリーのブランドを、福岡とか、東京以外に出店したいと思っています。 |
それ以降は上手くいけば、海外を視野に入れたいと思っています。 | |
日本の素材を使った洋菓子を、洋菓子文化のある土地に日本人の一人のパティシエが発信して行きたいと思っています。 | |
中原 | では、今の岩柳さんをつくる桑沢デザインてなんですか? |
岩柳さん | 桑沢に学んだ全てが私を作っています。 |
先生も、友達も、他の分野専攻の学生も全部。課題や授業も全部です。 | |
桑沢では正解をこれと決めず、色々なものを見たり体験させてくれたと思います。他分野の学生が一緒だったのも、視野を広くもてた理由かなと思います。 | |
中原 | 最後に、学生・これから桑沢を目指す学生さんへメッセージを |
岩柳さん | 色んな視野を広く持ってください。人生何があるかわかりません。今、専門的なポイントを極めたくても今後何があるかわからない。 |
色んな方向から見る目を養う為に、興味や意味に関係なく関ってみてください。応援しています。 | |
中原 | 最後の最後に、同窓生へ向けてメッセージを |
岩柳さん | いかがお過ごしですか?異業者交流などいかがでしょう。笑 |


patisserie de bon coeur
パティスリー ドゥ・ボン・クーフゥ
営業時間:11:00〜20:00
住所:142-0062 東京都品川区小山3-11-2-1F
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電話:03-3785-0052