
第3回 陶芸家の齋藤有希子さん ( 2011年07月05日掲載 )
「枝月窯」主人 陶芸家 齋藤有希子さん
2004年 総合デザイン科 インテリアデザイン専攻卒業
2006年 イタリア、トスカーナ州GROSSETOにて2年留学
| シエナ外語大学在籍中に陶芸に興味を持ち、
2008年 SCUOLA D’ARTE CERAMICA ROMANO RANIERI(DERUTA PG)
及びSCUOLA D’ARTE PANDRA(SORANO GR)
にて陶芸を始める。
同年、本格的に陶芸を学ぶため帰国、京都伝統工芸大学校に入学
唐津焼陶芸家・中里隆氏に断続的に師事
2011年 卒業後、三鷹市に窯(工房)「枝月窯」を開設

3回目の今回は、東京・三鷹で陶芸家として活動している齋藤有希子さんです。初夏の日曜日、豊かな緑に囲まれた齋藤さんの工房、「枝月窯」にてお話を伺いました。




〜情熱が、行き先を決める〜 | |
森井 | 齋藤さんは、桑沢ではどんなことを勉強していたのですか? |
齋藤さん | 入学したときはグラフィックデザインを選考していましたが、多角的に勉強しているうちにだんだん立体物に興味が出始めました。3年目に遠藤先生の授業を受けて、「人を取り巻く空間」というものに強烈に惹かれるようになり、住宅の設計を志すようになりました。 |
森井 | なるほど、そこから陶芸の世界に足を踏み入れたいきさつは? |
齋藤さん | 桑沢卒業後に二級建築士の資格を取得しました。そしてイタリアに留学するためにアルバイトをし、500万円ほど貯めました(一同「おお〜!」)。フィレンツェ建築大学に入学する前に、シエナ外国語大学というところでイタリア語を勉強していたのですが、その時たまたま一人で訪れたサンジミャーノという街で、フラッと陶芸のギャラリーに入って…… |
森井 | ほほう〜。 |
齋藤さん | 最初は何気なく見ていたのですが、ある作品の前でビリーッと電気が走るような感覚にかられたんです。いてもたってもいられなくなって、「やってみたい! 作ってみたい!」頭の中はもうそれでいっぱいになりました(笑) |
森井 | では陶芸との出会いは偶然なんですね? |
齋藤さん | そうです。部屋に戻ってからもずっと気になって、早速陶芸が学べるところを検索しました。そして、語学学校の傍ら、短期の陶芸教室にも通ったのです。 |
森井 | なるほど、建築から大きく方向転換するほどの、インパクトのある出会いだったのですね。でもなぜ、イタリアで陶芸をやり続けるのではなくて日本に戻ることにしたのですか? |
齋藤さん | イタリアの陶芸を学べば学ぶほど、日本の陶芸の基礎に立ち返ってみたくなったんです。 |
森井 | イタリアと日本の陶芸はかなり違うものなんですか? |
齋藤さん | 違う点はいろいろあります。例えば、ロクロの回転が逆です。 |
森井 | へー! そうなんですか、全く知らなかったです。 |
齋藤さん | 日本に戻ってからはすぐに京都の京都伝統工芸大学校に入学しました。ロクロが150もあるなど、規模の大きい学校です。丹波篠山の自然の中で、3年間みっちり勉強しました。京都の大学ではイタリア語を教えたりもしました。 |
森井 | そういえばイタリア語は世界でも難しい言語の一つだと思うのですが、マスターするのに苦労しませんでしたか? |
齋藤さん | そうですね、最初は相手の言っていることがよくわからなくて悔しい思いもしました。でもイタリア語は肌に合っていたようで、基本的なパターンを会得した後は、比較的スムーズに勉強することができました。 |
森井 | 情熱的な原語であるイタリア語は、こうと決めたら即行動する齋藤さんにピッタリだったのですね……! |
〜師との出会い〜 | |
森井 | 現在の師匠である中里隆先生とはどんな出会いだったのですか? |
齋藤さん | 初対面は、ミラノの空港なんです。 |
森井 | えっ? 偶然会われたのですか? |
齋藤さん | いえ、引き合わせてくれたのは、京都伝統工芸大学校で講師をしていたデザイナーの城谷耕生さんです。城谷さんが中里先生のイタリアでのワークショップをサポートするため、イタリア語での陶芸用語のわかりそうな私を誘ってくださったのです。10日間同行し、中里先生のアシスタントをさせていただきました。この出会いが、その後の私の全てを決定づけたと言っても過言ではありません。 |
森井 | なるほど。 |
齋藤さん | この旅をきっかけに中里先生の作品と人間性に触れることができ、全てから感銘を受けました。それまでは自分の作品の方向性を模索していたのですが、人と真摯に向き合う器を作る中里先生から、私の創るものはアートではなく、日常の延長上にあるのだと確信しました。 |
森井 | そうですか、なんて素晴らしい出会いでしょう。その後すぐに中里先生の工房に入門することになったのですか? |
齋藤さん | イタリアの後、中里先生が今度はアメリカにしばらく滞在することになりました。勉強しに来なさいと言っていただけたので、私も渡米し2ヶ月半、先生の元で蹴りロクロ(電動ではなく、足で蹴って回すロクロ)と牛ベラ(牛の舌のように長く、カーブしたヘラ)での作陶を教えていただいたのです。この時から、「半弟子」のような形で入門することになりました。 |
森井 | 完全な弟子ではないのですか? |
齋藤さん | 中里先生は現在72歳で、唐津の窯はご子息に任せています。先生は世界を飛び回っており、弟子は持たないそうです。お手伝いをするアシスタントさんは何人かいますが、一から指導を受けた私は、いわば「半弟子」のようなものだと思います。 |
森井 | 中里先生の元にずっと常駐するということもないのですね。 |
齋藤さん | はい、私は自宅を改装して半独立という形をとりながら、中里先生と一緒にいられるときは手ほどきを受ける……、そんな感じです。また、近々海外に同行するかもしれません。 |
〜桑沢での経験と、これから〜 | |
森井 | 桑沢での経験が今に生きていることはありますか? |
齋藤さん | 講師と生徒がとても密な、いい関係を築ける素晴らしい場所だったので、いろんなジャンルの講師の方からお話を伺ったり、そこからさまざまなことに興味を持てたことがよかったです。また、デザインの授業で繰り返しプレゼンの仕方を学べたのは、いかに自分の作品をアピールするかということで実際に役に立っています。陶芸の学校ではプレゼンの授業なんてありませんから。 |
森井 | 確かにそうですよね(笑) |
齋藤さん | 今年、東京でアトリエを設立して陶芸家として仕事を始めましたが、当時の桑沢の講師の方々や、その関係で広がる新しい人間関係にとても助けられている部分もあります。 |
森井 | これからはどんな仕事をやっていきたいですか? |
齋藤さん | 中里先生と出会って、「人と密に関係する物、日常の延長線上にある物を作りたい」と強く思うようになったので、これからも器を作って行きたいです。普通に生活している人が、何気なく自分の器を使ってくれたら嬉しい。一人暮らしをしていても、お茶碗一つで豊かな気持ちになると思います。器と食材の組み合わせも重要なテーマです。今は料理にとても興味があります。 |
森井 | どんどん世界が広がりますね〜! 最後に、恒例の「同窓生へのメッセージ」をお願いします。 |
齋藤さん | それでは、在校生の皆さんへ。課題で忙しいのも確かですが、人と人との繋がりを大切にして、デザインだけでなく、さまざまな分野にアンテナを張って、自分の中にどんどん取り込んでいってください。学生というのは、それだけで素晴らしい価値があります。積極的に人と触れ合い、楽しい時間を過ごしてください。 |
森井 | 齋藤さん、今日はどうもありがとうございました。どこで何をやるにしても、それまでの経験は決して無駄にはならない。情熱に身を任せる勇気が湧いてきました! |