
第1回 もりいくすお 森井ユカ夫妻 ( 2010年07月05日掲載 )
●森井ユカ…1985年桑沢デザイン研究所リビングデザイン科卒・東京造形大学大学院修了。
第7回東急ハンズ・ハンズ大賞を期に立体造形家に。90年代からは雑貨コレクターとしても活動開始。
代表作に『スーパーマーケットマニア』シリーズ(講談社)。http://www.yuka-design.com/
●もりい くすお…1985年桑沢デザイン研究所リビングデザイン科卒。
いろんなところに納品しているイラストレーター。
くわしくは、 http://www.kusuo.com/ http://www.kusuya.net/

桑沢の同窓生を紹介する新しい切り口に、初回は森井夫妻がいけにえになりました。
ということで、本日は森井夫妻の馴れ初めから、学生時代のお二人について、更には桑沢出身ならではのプライベート事情を伺いたいと思います。
お二方は、現在桑沢同窓会でもご活躍の名物ご夫婦で御座います。
どうぞ宜しくお願いいたします。
〜学生時代のふたり〜 |
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編集 | まず始めに、これを伺わなければ始まりませんね。 "なれそめ"についてお話を伺えますか? |
ユカさん | 自分たちが在学中(80年代半ば)は、今ほど生徒の人数が多くなかったから、みんなの素性を把握しやすかった気がするのよ。 そんな中、1〜2年と同じクラスになったんですよ。入学してから1~2ヶ月位で森井君の事を面白いなと認識したんですよね。 |
くすおさん | 俺の記憶は、一年の時のゼミが一緒だったのがキッカケ。 他のクラスメイトに「くすおと伊藤さんとは絶対に話が合うよー」と、どういう根拠なのか、言われて。 そしたらほんとに、話してみるうちに、これまで誰に言ってもわかってもらえなかったような話題がつうじて、やっと理解してくれる人が見つかった!と感激した。 20円ガチャガチャの原体験とか、東京12チャンネルの思い出とか、モンティ・パイソンのこととか。昭和の東宝娯楽映画のこととか。 入学して何ヶ月も経って、俺にやっと友達が見つかった!と思いましたね。 |
ユカさん | お互いほぼ一人っ子で育った共通点というか、特有の遊びが重なったんですよね。 |
編集 | 一人っ子特有の遊びって?たとえば、どんなものなんですか? |
ユカさん | お互いにテレビ見てる時間が長いとか、テレビの前にラジカセ置いて音声を録音して、なんか自分でコメントしたりツッコんだりね。一人遊び。 |
くすおさん | そう!その、小学生の時の貴重録音のカセットテープをユカさんと交換したりしたな。面白かったんだよ! |
編集 | カセットテープなんていったら時代が感じられますね。何年ぐらい前の話になりますか? |
ユカさん | 桑沢1年生のころでしょ。25〜6年前ぐらいじゃ? |
くすおさん | え!?そんなに前じゃないよー。 |
ユカさん | いや、前です。そうそう、もう我々の時間は残り少ないんだよ! |
くすおさん | ぎゃーーー!!老い先短けぇし! |
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〜デート〜 |
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くすおさん | 学生当時、ユカさんからいろんな衝撃を受けたんだけど… 特に「ピンクフラミンゴとフリークスの二本立て」を見に誘われたのが初デートかなぁ。これは、新宿で闇上映されてたアングラ系の映画なんだけど、「ピンクフラミンゴ」を見たとき、「あ!クリエーターって何やってもいいんだ!」って開眼したね。下品の限りを尽くした作品で、もの凄いカルチャーショックだった。 |
編集 | 初デートが闇上映の映画って。。随分奇抜なデートですね。笑 <<一同、苦笑。>> |
くすおさん | その後、二人の興味は植木等なんかに発展していったんだけど、2人の元気の出るメディアや作品が一緒だったって言うことがお互いを面白いと思えた点かな。 その頃のユカさんは一匹狼的でね、あとから堂々と遅刻して教室入ってきても「その疎外感が楽しい」とか言ってたね。かっこよかったなあ。 俺は、おとなしく生きていくつもりだったのに、ピンクフラミンゴの衝撃で抑圧してたものが一切解放されて現在に至る。(笑) そんな影響力のユカさんに出会って、俺はもうほかに友達要らないや!とさえ思いましたよ。 |
ユカさん | ピンクフラミンゴもそうだけど、当時の3流映画作品は自分で積極的に見に行かないと見られないものだった。いまじゃYouTubeなんかでなんでも見られるけどね。 更に、学生の頃はまだ何か自分から生み出しているわけではなかったから こういう映画とか興味のあることが、お互いを知るファクターになってたわけです。 今よりも、こういう映画や作品が、探しにくかったから、ジャングルの中を探し回った時代。 そこに、「それいいね!」って言ってくれた人に"共通のもの"を感じた時代だったんですよね。 |
編集 | その初デートって一年生の頃ですか? ピンクフラミンゴって言えば、かなり個性的な作品ですけど、誘うのに抵抗は無かったんですか? |
ユカさん | 実は、くすおさんが好きだろうという直感はあったんです。 でも、普段友達を誘う場合なんかは、話しだけして誘う前に反応を伺うんですけどね。 |
編集 | <<一同、苦笑。類は友を呼んでいた。>> |
くすおさん | 言っておきますけど、ユカさんの見る映画は変態映画ばかりではないですよ。 ロッキーホラーショーなんかは、二人とも初めてで見に行きましたね。 でも、途中で寝ちゃうんだけどね。 二人揃って、面白かった!と感じたら儲けものでしたね。 |
編集 | ま、ロッキーホラーショーも変態映画ですけどね。 でも、とにかく最初からお互いが個性的(変態)であることが解っていたということですね。 後から判明したら、それはそれですけど。大変興味深い馴れ初めでした。 |
編集 | 話題は変わりますが、当時お二人は学校以外でどのような生活を送られていたのですか? |
くすおさん | 学生当時は大崎に下宿していて、そこで一緒に課題やったりしてたっけな? 実家は大井町なんだけど出ちゃったんでバイトしながらアパートにいました。 |
ユカさん | 課題もだけど、クスオのマンガを手伝ったね。 |
くすおさん | そうでした、そうでした。 その頃、在学中に19歳で漫画家デビューしてしまいまして。よく手伝ってもらってたのも覚えてますね。 |
ユカさん | そう、ベタ塗りとか手伝ってた。 私も当時はタイトルの仕事なんかをやっていたんですけど、ポッとデビューを目の当たりにして猛烈に悔しかったなー。 |
くすおさん | そうだ、タイトル文字もユカさんにやってもらってたんだった!アキバでPOPライターやってたんでレタリングが激ウマだったんですよ。 でもね、ユカさんからの洗脳は自分に大きな影響を与えてましたね。 「これを読むのじゃ。」的な。そんな風に、いつも刺激を貰っていた。 今でも、この人の言う事は間違ってない!という信用をおいてますね。 |
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〜卒業から結婚へ〜 |
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編集 | ご卒業の頃はお二方の仕事の方向性も見えてくる頃だと思いますが、どのように過ごされていたんですか? |
くすおさん | 俺はもう、学校を辞めちゃう勢いでしたね。 |
ユカさん | 私は中学の頃からPOPライターをやってたので、引き続きPOPライターの仕事を続けていました。 で、平面で書いてもくすおに勝てないというのがあったのと、同じところに2人イラストレーターが要るとバッティングするんですね。 そんな時、私は粘土に方向転換すると案外、そっちがウマくいったんです。 今も、そのまま同じ題材に取り組むんだけど、くすおさんとは上手く共存できてますね。 |
編集 | なるほど、工夫されたんですねー。。<<一同、感心。>> ご卒業されて直ぐに一緒に住まれたんですか? |
ユカさん | すぐでは無かったですね、一年ほどブランクが有りました。 |
編集 | では、いつ頃プロポーズがあったのですか? |
ユカさん | そう、プロポーズってプロポーズらしからぬものでしたね。 一緒に住む段になって、両親から物言いがついちゃったんですね。 一緒に住むのに籍が入っていないのはけしからん!みたいな。 |
くすおさん | 在学中からおたがいご両親には面識はあったんですよ。 とにかくうちの両親がうるさかったの。 ハタチそこそこだから、未入籍で子供が出来ると思われたんだね。 「デキ婚」という価値観が一般的にネガティブだった時代。 籍を入れりゃあモメ事がすむなら、じゃあやりますってかんじで、とりあえず、当時のバイト先からユカさんのお母様に「ユカさんと結婚しますんで!」って電話で言ったんですよ。 |
ユカさん | そう!私じゃなくて母に。笑 私は頻繁にくすおの所へ行っていたし、二人で住めば便利で経済的にも助かるじゃない。という感覚だったんですがねー。 |
くすおさん | たしか俺が、お友達と一緒に住む計画を立ててたユカさんに、「一緒に住もう」ってお願いした気がする。 その頃の俺には、強力な協力者がユカさんだったんですよ。 |
ユカさん | まー、実は私はとにかく実家を出たかったので、誰でも良かった(笑!!)当時。 せっかくなら気の合う人とと一緒に住もうと考えた時、くすおだったんですが! そこへ突然、結婚となって面食らっちゃったんですよね。 |
編集 | 衝撃ですねー。 結婚式はあげたんですか? |
くすおさん | 神田明神という、一応、宗教施設で結婚式をして、その後パーティーをしましたね。 仲人も主賓も居ない結婚式でした。 |
ユカさん | その頃は、仲人が居ない結婚式って無かったよね。驚かれた記憶がある。 数年後に郷ひろみが仲人を立てなかった時に、メディアが騒いでた。(郷ひろみはその後、離婚) |
くすおさん | バブル全盛で派手コンブームのまっただ中に手作りパーティをやったんです。神社の普通の集会所で、でも130人くらいのパーティだったかな。 |
〜新生活スタート〜 |
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編集 | 新居の生活はどんな感じだったんですか? |
くすおさん | 浅草で二人の生活をスタートしました。 今の浅草とは程遠い環境でしたね。スラムに近い、バラックみたいな古着屋が浅草寺の境内の周辺にいっぱいあって、立ちんぼなんかも立ってた頃。 労務者…大人のおもちゃ屋…ストリップとポルノ…蚤の市なんかも出てた。 |
ユカさん | その頃は、二人で昭和の日本映画オールナイト上映によく通っていたんです。当時は館内でみんなタバコ吸ってましたね。 で、わざわざ通うなら住んじゃおうという勢いでした。 |
くすおさん | 新居は7万ぐらいの2DKアパートで、隣がヤクザだった。 浅草のヤクザさんて人情味が熱くて、俺たちが仕事でよく頼んでたバイク便を訪問販売と勘違いしてドヤして追い返そうとしたことがあった。 俺らの為を思って、正義で追い払ってくれようとしたんだよ(笑)。 発砲事件とかも頻繁にあって、その時はなんと隣のヤクザが事件主だった。 |
ユカさん | ある時は、ハイヒール履いたオッサンが家の前に倒れてたこともあったね。 |
くすおさん | あはは!いたいた!つるっぱげで白衣着て、顔中血だらけの、ぬいぐるみを小脇に抱えたオヤジも松屋デパートにいたなあ。ミイラ化したペットをだっこしてるオバサンとか。 ある日マンガの背景を描くために隅田川にロケにいったら、水死体が上がっていましたこともあったよ。 当時の浅草は話題に尽きることが無い、いい街だったねえ。 いや、けっしてバイオレンスばかりじゃなく、夕方になると出勤の芸者さんの鈴の音が聞こえてきたりね。一年中お祭りやってて、アパートの下の露店出てるし。狂喜と風情が渾然一体となっていた。 |
編集 | 物凄い新婚生活ですね…。 <<一同、大笑い。もう慣れてきた。>> |
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〜破局の危機の思い出〜 |
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編集 | そんな生活を送られていたお二人に、危機って有りましたか? |
ユカさん | 有りましたねー。まだ20代の浅草時代。 一緒にやった仕事があってね。それがきっかけで、危機があった。 |
テレビガイドの連載の仕事で、あたしたちがテレビを見て、いろいろおもしろコメントするっていう仕事。 対談形式の文章書いて、所々にイラスト入れて編集する流れだったかな。 |
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くすおさん | その頃は、二人とも"世離れ"しててテレビなんかあまり見ていなくて、いまいちピンと来なかったし、おたがいの仕事にエールを送ることはあっても一緒になにかやった経験がなかった。 編集からは二人の面白いやりとりが求められたんだけど、その感覚っていうのが「裕木奈江を表現するときに"雨の中で飼い主を悲しそうに見上げるズブ濡れの子犬"って表現するようなセンス」っていうのね。なんだか、わかったようなわかんないような…。 |
編集 | <<一同、これまで話しを聞いた限りじゃ無茶だろうーと内心思う。>> |
くすおさん | お互いの価値観や興味を尊重してきたのが裏目に出たというか…。仕事をする時間の使い方から違うし、とにかくまとまらないんですよ、意見が。 おたがいにとって「自分の作品」だから妥協しないわけ。 文章の語尾一つで一日もめたこともあったね。 怒鳴り合うようなことはなかったけど、静かに険悪でした。 |
ユカさん | 編集さんが聞き書きをしてくれてまとめてくれるわけではなくて、全て2人でやらなきゃならなかった。 これが、きつかったね。お互いが半々にイニシャチブを握るという難しさを学んだよ。 どっちかが、リードを取るときは"任せる"というスタイルはこの時から出来てきたんです。 |
編集 | 仕事に関してのお二人の有り方が確立された出来事だったわけですね。 プライベートでもそれは生かされているのですか? |
ユカさん | プライベートでもそうですね。 |
くすおさん | この家の設計もあらかたユカさん任せです。俺は2〜3の要望を出しただけ。やはりご近所はおたがい意見を出し合ってるところが多く、間取りのことで夫婦げんかは耐えなかったようです(w。 あと、「ユカくす旅行」というイベントがあるんですが、これがいい例かな。 二人で旅行に行くっていう計画なんですけど、年代わりで幹事を取り替えるんです。 その年の担当じゃないほうは目的地に着くまで何処で何をするのかも解らないって言う。 |
ユカさん | ある場所へ行くと見せかけて、実は目的は別とかフェイントかけたりしてね。 そこが面白いんですけど。お互いその時の担当者に任せるんです。 |
〜新婚旅行〜 |
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編集 | なるほど。面白いですね。 旅行といえば、新婚旅行はされたんですか? |
くすおさん | 新婚旅行と題して行ったのは特に無いけど、22歳の頃二人で行った旅行で中国は強烈でしたね。 |
ユカさん | この旅行のちょうど1〜2年後に、天安門事件があった当時です。彼らの不満が爆発寸前だった。今とは考えられないほどすさんでいて、混沌としていましたよ。 私は高校の頃に東京都の国際支援活動で初めて海外旅行を体験して、それが中国だったんですけど、 その頃の中国は旅行も自由化されていなくて、政府派遣で行ったんです。 たのしい思い出ばかりで、それが強烈だったんで自由化されてすぐ、自分達でバックパッカーで行ってみよう!という事になったわけです。 |
くすおさん | いやね、ユカさんは公賓で行っていたから待遇がよかったんですよ。お腹いっぱい北京ダックを食べられる夢の国、といった印象で俺に薦めたわけですよ。 しかし、実際に自分たちで行ってみたら雲泥の差にビックリ!苦労しましたね〜。 とにかくタカリが凄くてね。外貨が貴重な頃だったから、隙あらばタカられる旅行でした。 ユカさんから評判を聞いてワクワクして出かけて、日本人の印象を悪くしちゃいかんとニコニコしてたのに、もう途中から「怒る」という感情表現の大切さを学び、ウソばかりつく服務員にどこでもかしこでも怒鳴り散らして難関を突破し続けました。 白人優遇の、貧乏人無視の人種差別も目の当たりにしたり…、共産圏だっていうのに病気の乞食がいっぱいいるし。「餓鬼草紙」を見ているようだった。 ユカさんの高校時代の経験とはまったく違ってたんですよ。実態は。 |
編集 | この時も、片方がイニシャチブを握るスタイルだったのですか? |
くすおさん | いやいや、こればかりは二人力をあわせなければ切り抜けられなかったね。 |
ユカさん | 二人の連携が無かったら、切り抜けられなかったかも。結構結束していましたね。 片方がなにか支払ってる時、相手が釣りを渡す前に持ち逃げしないようにもう一人がその人の服をつかんでいるといった感じで。 でなきゃ、身包み盗まれるような状況だった。サバイバルでしたね。 |
くすおさん | 新婚旅行というより、修行旅行ですね。 |
ユカさん | 言えてる。 とはいえ、私のほうは当時中国への出入り口だった香港にハマり、アパートを借りてまでよく通いました。 |
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編集 | 何をやっても逞しいお二人ですね。 時に、生活ではお財布は一つにされているのですか? |
ユカさん | お財布は完全にシェアです。 |
くすおさん | ユカさんの提案で、お互いにかかる固定費だけ割り勘制って言うのが有りました。 自分の稼ぎから決まった額だけお互いに家に入れるって言うスタイルです。 |
ユカさん | 光熱費、家賃、その他雑費固定費を割り勘にしてその他はいくら稼ごうが、 自分の物っていうのがいいんじゃないか?っていう提案です。 今でも、そのまま上手く行っています。 |
くすおさん | 先ず、お金に関してケンカが無いですよ。ま、お金でケンカが無いってこたぁ、ほぼ何十年もケンカは無いんですがな。 |
ユカさん | 今でもお互いの貯金や年収は知りませんね。 |
編集 | 家事の分担はどうされているのですか? |
ユカさん | 料理は意外に二人とも良くやるよね。 |
くすおさん | 昔は何度か失敗作をユカさんに食べさせたことがあったっけなー。 でもデザイン業の人って手先が器用だから、何でも感覚で作れちゃうっていう感じですよね。 |
ユカさん | 失敗作ってほどでも無かったよー。 |
〜ふたりのステージ〜 |
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編集 | これまでのお二人の時代を整理させてもらうと、お二人にどんなステージが有ったのでしょうか。 またそれぞれのステージからつちかったことって有りますか? |
ユカさん | 浅草でデタラメに遊んで、試行錯誤時代を送って。 入谷で仕事時代に突入。二人とも独立して、アシスタントを雇い始めたんですよね。 その後、麻布十番へ越してお互い仕事と自分の時間も大切にしながら邁進中。 |
くすおさん | そこで、二人の拠点としてマンションを買ったんですよね。 |
ユカさん | 仕事場は、現在二人ともバラバラに借りています。 |
くすおさん | そう、お互い独りの時間も大切と尊重していますから。 キーワードは「和して同せず」。 お互い楽しいと思うツボが同じなら、それを守る努力が必要だと思うね。 夫婦みたいな関係になると、親に近い遠慮の無さになってしまうでしょう。 |
ユカさん | 人によっては遠慮の無さがいい人もいると思うけどね。 和して同せず。全ては共有しない。 |
くすおさん | 子供がいれば、また違うとは思うけどね。 あ、急に思い出したけど、我々みたいな結婚形態は新婚当時「DINKS」(double income no kids)と呼ばれたもんです。 |
ユカさん | お互い独りが一番好きで、独りの自由の大小を知っているつもりなので 人から見ると夫婦らしくないとかあるとは思うけど。 それは、考え方の違いであると思うのよね。 もう一つに、お互いの現在の繋がりは、仕事が第一だっていうのが前提にあるよね。 お誕生日を忘れるとか、仕事が理由であればお互い歓迎するものとしているですよ。 |
くすおさん | そうそう、だから仕事下さい。 <<一同、大笑い。オチはそこですか!!>> |
ユカさん | つまるところ、クリエーターが50%50%で折り合えって言うのが、無理。 |
くすおさん | 折り合わないはずだよね。 折り合わないが前提になっているね。 |
〜クワコンのいいところ、悪いところ〜 |
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編集 | そんなお二方に、桑コンで良かった事・悪かった事があればお聞かせ下さい。 |
ユカさん | 良かった事は、共通の友達が多いというのが一番かな。 何しろ桑沢の変わり者が集まってくるので、情報交換が面白い。 それは、私たち二人にも言えるかな。 お互いの趣味には寛容ですね。 |
くすおさん | 桑コンだから悪かったことと言うのは無いね。 でも、情報交換。。。俺が情報を送ってもあまり感動されてない気がする。。 |
ユカさん | そんなこと無いよ!それは、毎度徹夜明けだからテンション低いだけだよ、きっと。 |
編集 | はいー。ご馳走様でした!!!! まだまだ、お伺いしたい事は数あれど終わりが見えませんのでこの辺で! なんとも逞しく、素敵なご夫婦で御座いました今回のインタビュー。 今後もクワコン夫妻をターゲットに編集部は交渉を進めてまいります! お楽しみに。 |
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