九州支部総会報告 ( 2012年05月30日掲載 )

  耕雲氏は、26歳で桑沢に入学。幅広い知識と深い洞察力の持ち主で、桑沢時代は仲間を集めてバウハウスの勉強会を開くなど、実行力も兼ね備えた人物であった。
卒業後、その実行力で長松寺の住職を務めながら境内にデザイン工房「半箇林」(はんこりん)を設け、地元のモノづくりに励む若者や研究機関の職員らと竹細工、陶芸、染色、木工などのデザイン開発と商品化に打ち込んでいたそうである。
38歳という若さでこの世を去る直前には「半箇林通信」出版が準備されていた。

平成23年12月10日、午後1時30分、大分の別府駅に集合した一行(20名)は、早速タクシーに分乗し、朝見の曹洞宗長松寺へ向かい、耕雲氏の墓参を済ませ本堂にて33回忌の法要を営ませていただいた。

 久々の支部総会は場所を旅館山田別荘に移しての開催。大豆生田会長の挨拶に始まり、九州支部長挨拶と簡単な活動報告。今年初めて九州支部より参加された小嶋さん(49 L2イ住)、野田さん(56 VD1A)、山下さん(45L2A)に自己紹介と近況報告をお話していただいた。
小嶋さんは数年前まで桑沢のインテリア科の講師をされていたそうである。野田さんは養護学校の先生。この日は司会を引き受けていただいた。山下さんは、陶芸家でこのイベントの数日後、同窓会本部へ自身の作品を贈られたらしい。

 さて本部との合同主催による座談会「山田耕雲を語る」はパネラーに中西元男氏、山田脩二氏、坂本和正氏、丸山欣也氏、近藤信一氏そして坂本氏の弟で耕雲氏に師事されていた坂本未刀氏をお迎えした。
 「酒の飲み方を教わった」
 「食事の所作にも美意識があった」
 「道具に関する見識が深く、固定観念のない使い方をしていた」
 「『どんなものでも簡単にすてるな』という言葉が仕事の指針になった」
 「なんで坂本くんの弟だけ別府に連れて行ったのかなぁ?」(笑)
当時まだデザイナーの卵であった先駆者たちは、桑沢のデザイン教育を背景に耕雲氏を通じて<モノづくり>に携わる前に、人としての在り方を学んだ。酒を酌み交わしながら、ざっくばらんに語られる言葉に自分自身を模索し、それぞれの可能性に気づいていったのであろう。

 

 

 

 最後に、今回の九州支部総会&座談会は師走ということもあり、返信ハガキの戻りが少なかったので同窓会名簿を頼りに大分近郊の方々に再度電話でご案内をさせていただきました。個人情報の取り扱いに厳しい昨今にもかかわず、皆様に快く応対いただきましたこと、心から感謝申し上げます。また、同窓会本部をはじめ、東京からお越しの皆様、別府駅までお迎え下さいました島澤さん(KD)、中四国支部長の出本さん、お力添え本当にありがとうございました。

 

 

九州支部 支部長 合屋善克 記